銭湯のおもひで

友人とお茶を飲んでいたら、温泉の話になった。
前を隠すとか隠さないとかその筋に持っていくのが好きな人なので、
わたしは中学2年まで通っていた北品川の銭湯の話をした。


わたしたちにとってはそれが「お風呂」で、呼び名も「お風呂」だった。
夜になって、さあ、銭湯にいこう、とは誰もいわない。
お風呂にいかなくちゃ、というのだ。


毎日のことなので、いちいち周りの目を恥ずかしがることもなく、
わたしの記憶では、女湯でも男湯でも前を隠す人はほとんどいなかった。
商店街の和菓子屋さんのおばさんの裸も本屋さんのおばさんの裸も、
自分のおかあさんの裸と同じように日常的なものだった。


そんな話をしているうちに、男湯に入った最後の日のことを思い出した。


小学校2年のときだった。
夜もかなり遅い時間だったのに、同級生の男の子に会ってしまったのだ。
彼は湯船につかっていて、わたしは入ろうとするところで、目が合った。


本名まもるくんで、愛称は「まもちゃん」。
睫毛が下向きにばさばさと濃くて、子山羊みたいな優しい顔をしていた。


わたしたちは、お互いの名前を小さな声で呼び合った。
彼の前で湯船のふちをまたぐのがどうにも恥ずかしいのだが、
後ろから父がきて、早く入りなさいという。


観念して、わたしは湯船に入った。


家に帰り、宣言したのを覚えている。
もう男湯にはいかない。



それからは、母といけないときには、母の友人に連れていってもらったり、
たしか3年生からは早い時間に一人でもいくようになった。



話を聞いた友人は、まもちゃんはうれしかったかなあという。
2年生だもの、うれしいって感覚はないんじゃない、と答えたら、
俺だったらうれしかった、と。



いまごろなにを想像してるんじゃ。