銀のライター
父が遺していった、銀のデュポンのライター。
まだ元気だったときに、なんとなくもらって、3年前にオーバーホールに出した。
部品も取り寄せだったとかで、9000円かかった。
ライターが帰ってきてしばらくして父は亡くなった。
線香の火をつけるのに使おうかとちらっと思ったが、
そこまで父を悼む気にもなれず、ライターは箪笥にしまったまま。
蓋を開けたときの音がいいんだと、父はいっていた。
この音がデュポンなんだと満足げに、何度も開け閉めをしていた。
たしかに、ピン、という音のなかに、コン、が混ざっていて、
後に澄んだ響きが残る。
わたしには腹違いの兄が三人、姉が二人いて、上の兄二人は父と同じくヘビースモーカーだ。
父はわたしにくれたけれど、このライターは兄たちにあげたほうがいいのだろうか。
そんな迷いがいつまでもふっきれず、もう使えるのにがガスを入れていなかった。
いまさっき、ふと箪笥の引き出しを開けて、ライターを出してみた。
懐かしい重さ。
蓋を開けるとあの音がする。
父はショートホープを吸っていた。
ライターの銀とショートホープの箱の白。
父がよく着ていた紺の背広とのコントラストを思い出す。
明日、お店にいって、ガスを入れてもらおう。
そして誰か、煙草を吸う人に会ったら、これでつけて、と頼んでみよう。
理由はわからないけど、そんな気持ちになって、ライターをバッグにしまった。