恋人よ我に帰れ

街でときどき見かける素敵な女性がいる。

色白で顔は古風な卵型、背丈は155くらい。
服の趣味がノーブルで、といってアウトオブデイトなところはなく、たたずまいが柔らかい。
年はわたしより少し上かな、と思うということは、同じ年頃かちょっと下かも。
自己イメージが若作りすぎるわたしなので。はは。

あ、きょうも素敵だな、とすれ違うのが楽しみだったのだが、この春だったか、隣町の映画館で出会ったときに、少なからずショックを受けた。
全身、デニムのコーディネイトだったのだ。
髪型も、ボブからショートボブに変わっていた。
連れの男性がいた。
50代後半の、でっかい感じの、眼鏡のフレームだに素人離れした(お勤め人の匂いのしない)おじさまで、やはり、デニムだった。
このおじさまが彼女を変えたのか。
それはいいけど、残念だ、と思わずにはいられなかった。

もちろん、もとの趣味が上品な人だから、合わせるものの色はよかったし、ベルトも靴もバッグも安手のものはどこにも見あたらなかった。
でも、あの、お嬢さんの香りを残しながら年相応の包容力も感じさせて、つまり、もしもわたしが男性だったら機会をとらえてお近づきになり、お茶の一杯もごいっしょしたいようだった、あの彼女は、どこにいってしまったのだろうかと、悲しい気持ちで彼女のデニムの腰あたりを見送るのであった。

きょうまた、買い物の帰りに彼女を見かけた。
やはりデニムだった。
素敵さはそのままだけど、本来はもっと素敵な人だったのだ。
ああ。
きょうは雨模様だったから、彼女はココアブラウンの化学繊維のブルゾンを羽織っていた。
後ろ姿を見てはっとした。
襟がすっと立ててある。
その感じは、かつての彼女らしかった。
戻ってきて欲しい。
スカートとストッキングとパンプスで。