白い建物

夏の終わり、母の郷里を25年ぶりに訪ねた。
父の一周忌の帰りに一晩叔母の家に泊めてもらったのだ。
翌朝、タクシーを待っていた通りの向かい側に、見覚えのある建物があった。

3階建てで横長のコンクリート造り。
奥行きがなくて、薄い。
1階には小さな商店が並び、2階と3階はアパートのようだった。
窓のてすりが茶色く錆びているが、これも見たことがある。
幾何学模様が古くさく、また手の込んだ感じもする。

叔母がいった。
あそこにあるおもちゃ屋さんにおんぶしてよく連れていったよ、と。
それなら2歳くらいの頃だろう。
祖父母の住んでいた家も通りに面していたが、もうなくなっているのかどうか。
そのとき立っていたところから、そう遠くなかったような気がする。

タクシーがくるまで、3階立てのその建物を、ずっと見ていた。
思い出すというより、確認するような作業だった。
記憶のなかだけでなく、夢にもよく出てきたと思う。
夢で見ていた建物が、いま目の前に現れている。
その現実感は、奇妙だった。
もしいま道を渡ってあの前に立ったら、わたしは2歳に戻ってしまうのではないかと思った。
夢から切り取られて、あそこにぽんと置かれているような。

タクシーはやってきて、わたしは東京に帰ってきたが、あの建物もわたしについてきた。
あの建物のポイントで、夢と現実が、意識のベールの内と外でお互いを裏打ちしあったようだ。
ちょうどボタンと力ボタンのように。